せい うた
廣瀬 武夫
明治元 (1868) 〜明治三十七 (1904)
死生有命不足論 鞠躬唯應酬至尊

奮躍赴難不辭死 慷慨就義日本魂

一世義烈赤穂里 三代忠勇楠子門

憂憤投身薩摩海 從容就刑小塚原

或爲芳野廟前壁 遺烈千年見鏃痕

或爲菅家筑紫月 詞存忠愛不知冤

可見正気滿乾坤 一気磅?萬古存

嗚呼正気畢竟在誠字 呶呶何必要多言

誠哉誠哉斃不已 七生人間報國恩
生命せいめい ろん ずるに らず きく きゅう ただ まさ そんむく ゆべし
奮躍ふんやく なんおも いて せず 慷慨こうがい 日本やまと だましい
一世いっせい れつ あこ さと  三代さんだい忠勇ちゅうゆう なん もん
憂憤ゆうふん とうさつ うみ  從容しょうよう けい づかはら
あるいよし 廟前びょうぜんへき り  れつ 千年せんねん 鏃痕ぞっこん
あるいかん つく つき り ことば忠愛ちゅうあいそん してえん らず
るべしせい 乾坤けんこん つるを いっ 磅?ほうはく ばん そん
せい 畢竟ひっきょう まこと り  なんかならず しも げんよう せん
まこと なるかな まこと なるかな たお れて まず なな たび人間じんかんうま れて国恩こくおんほう ぜん
なな たび人間じんかんうま れて国恩こくおんほう ぜん

生も死も天命であり、あれこれ言うべきものでない。われわれは謹んで天子の御恩に報いることを心がけるべきである。
国難にあたっては、奮って除くべく奔走し、死をも避けず、熱血、慷慨の心で正義の為に起つのが日本の魂である。
この例は、一世の義烈というべき赤穂四十七士、三代にわたって忠義を尽くした楠氏一門がある。
国を憂え憤って薩摩の海に身を投じた西郷隆盛や月照、従容として小塚原で死を受け入れた吉田松陰等、いずれもこの生気の働きである。
あるいはこの生気は、吉野如意輪堂の扉に、小楠公が鏃で刻んだ歌となって、千年たっても消えることなく、あるいは、菅公が筑紫山頭の月に託して詠じた詩となって、忠誠の情が溢れ、讒言を恨まず誠忠そのものの心を示している。
見た給え、生気が天地の間に満ちていることを、それは永遠に続き、且つ広く行きわたっているのである。
ああ、思えば生気は人の誠から発するものであり、何もくどくどと説明を加える必要はない。
生気とは誠である。何事も誠である。誠をもって事に当り、死んでも止まることのないものである。
あの楠公の遺言の如く、七度もこの世に生まれて国恩に報いたいものである。