雪(ゆき) は排(はい) し来(き) たって窮(きわ) む北陸(ほくりく) の陬(ほとりく) 日(ひく) は暮(く) れて乃(すなわ) ち海楼(かいろう) に向(むか) って投(とう) ず 寒風(かんぷう) 栗烈(りつれつ) 膚(はだ) を裂(さ) かんと欲(ほっ)す 枉(ま)げて是人(これひと) に向(むか) って壮遊(そうゆう) を誇(ほこ) る 男(だん) 児(じ) 遂(と) げんと欲(ほっ)す篷桑(ほうそう) の志(こころざし) 家(か) 郷(きょう) 更(さら) に父(ふ) 母(ぼ) の憂(うれい) を為(な) す 父(ふ)母(ぼ)子(こ) を憂(う) うること到(いた) らざる無(な) し 応(まさ) に算(さん) すべし今(こん) 夜(や) 何(いずれ) の州(しゅう) に在(あ) るかと 枕(まくら) に臥(ふ) し夢(ゆめ) 驚(おどろ) いて燈(ともしび) 滅(めっ) せんと欲(ほっ) す 涛声(とうせい) 雷(らいい) の如(ごと) く夜(よる) 悠悠(ゆうゆう)
降りしきる雪を払い、積もる雪を踏み分け、北陸のはてへと歩きつづけて、新潟の海辺近くの宿に着いたのは、日もすっかりと暮れたあとであった。 雪とともに吹く風は冷たく、肌をも裂くばかりであったが、人に向かっては何事もなかったかのように、自分たちの壮挙をのみ誇らしげに語るのであった。 自分は今天下の志を遂げんとしているが、そのことがかえって郷里の父母の憂いとなっているに違いない。 親が子を思う気持ちは子供には計り知れないものがある。さぞかし今夜も、あの子は今頃どこに居るのだろうかと、指折り数えている事であろう。 枕に臥し夢に驚いて目覚めてみれば、行燈の火は正に消えんとする真夜中である。 外では波の響きが雷の如き音をたてて、自分のこんな思いなど知らぬげに鳴り響いているのである。