だい
佐久間 象山
1811 〜 1864


すでせまあん さい
たれこく みゃくつちか わん
しん 計失けいしつあら
せん きょう しばしば あや まる
くにかた むるにおのずみち
じゅうぎょ するにおのずりゃく
せつ しょう ひとそん
ろくしゃく とに らんや
已逼安危際

誰能培國脈

和親計非失

孱怯機屡錯

固國自有道

馭戎自有略

折衝存其人

豈在祿與爵

(通 釈)
すでに国家は危機の瀬戸際に直面している。誰がこの時、国の命脈を保ちうるか。
外国との和親の計画は失策ではなく、外国との和親を恐れこわがることによって、しばしば好機をはずしている。
国家の基を固めるには自ずと方策があるものであり、外敵をこちらの手であやつり動かすにも自ずとはかりごとがあるものである。外国との交渉は、そもそもそれに当る人物によって成否がかかっている。どうして禄高や身分によってそういう器の人物が得られようか。

○逼==物事が目の前にびっしりとくっついてくる。国家の安危の瀬戸際まで事態が接近していることをいう。
○培==つちかう。草木に土をかけて教育するように国脈を育てることをいう。
○国脈==国の命脈。国家の運命
○和親==国と国との友好。当時幕府は鎖国中だったが、象山は開国論者であった。世は尊皇攘夷論盛んな時期でもあり、象山の開国論に反対するものが多かった。
○非失==失敗ではない。和親論は失策ではないことをいう。
○孱怯==弱く臆病なさま。おそれおじること。
○機==きっかけ。機会。和親して国脈を育てるよい折をいう。
○錯=しくじる。
○道==目的を達する為の手段、方法。国家安泰の為の方策。
○馭==あやつる。諸外国と敵対するのではなく、うまく利用しようという考え。
○戎==えびす。蛮人。和親を求めている外国 (人)。
○折衝==外国との外交上のかけ引き
○人==折衝に当って適任な人物。
○禄==仕官するものが受け取る給与。
○爵==諸侯の世襲的階級をいう。封建制度下では禄や爵でその人物の価値を決めてしまっていたが、国難解決に当っては役に立たないことを言おうとした。


(解 説)
この作は天保十二年 (1841) に賦された無題詩四首の一つである。この年の前年は中国で阿片戦争が起り、外国列強の侵略を見にしみて感じざるを得ない国情であった。象山はこうした情勢の中で西洋科学の必要性と海防の重要性を説き、自らも熱心に行動に移している。この詩には象山のそうした心情がにじみ出ている。
第一・二句で、国家の安危の際、誰が国の生命を守ることが出来るか、他ならぬ自分であるという抱負を述べ、第三・四句で、和親政策の重要性を説いている。
また第五・六句では国家を固める為にはその方法があり、外国を御する方法もなたあるとし、第七・八句では、外国との折衝は立派な人物でなくてはならず、爵禄では解決出来ないことを主張している。

(鑑 賞)
象山の開国論は感情論ではない。西洋の科学の優秀さを認め、そのため外国の事情を知ろうと努力もし、愛弟子の吉田松陰と事を計り、その計画は不幸にも挫折はしているが、開国の機運を高めるに貢献している。
諸外国の相互に外に目を向ける国際情勢、それに基づく外国船の往来の激しくなる中で、外国との和親条約を結ぶその良い機会をつかむ必要を説き、この裏付けとして外国事情を知る重要性を説いているわけである。
爵禄の中にもはや人物を発見できず、自らやらねばならぬ心情とその意気込みとが躍如としてあふれている。学識者として、国を思う情熱が感じられる。
最後の二句には、長い鎖国政策の中で慣習化された形式主義への批判も感じ取れる。