はな き きみ わがつま と ならむ の   がつ なかなか とお くもあるかな
【作 者】まえ ゆう ぐれ
【歌 意】
木々に花が咲く四月。あなたがいよいよ私の妻となるはずの四月。その四月はまだなかなか遠く感じられ、待ちどおしく思われることだ。
【語 釈】
○君わが妻とならむ日の==あなたが私の妻となる日の。 「む」 は推量助動詞の連体形。 「の」 は連体修飾の格助詞。
○遠くもあるかな==待ちどおしいことだ。 「も」 は詠嘆の係助詞。 「かな」 は詠嘆の終助詞。
【鑑 賞】

第一歌集 『収穫』 所収。明治四十二年、作者二十六歳の作。
恋人との結婚の日を待ちどおしく思う青年の浪漫的な心境が初々しく歌われている。
「木に花咲き君わが妻と」 とki音で韻を踏んだ小刻みな調べが、作者の心踊りを伝えている。
四、五句の調べも微笑ましいくらいに素朴で、おっとりした口調の品位が魅力的である。
恋人が妻になるその日は、遠いとはいえ、四月になると 「木に花咲」 くように確かなことと作者にイメージされているからこそ、その心情はゆったりと落ち着いた印象を見せるのだ。
木に花の咲く四月は、作者の人生にとっても春の訪れる日なのであり、恋人の美しさ、結婚のめでたさ、作者の喜びが伝わってくる。
なお 「待つ恋」 は古典の世界では当然ながら女のものになるが、男の側での待つ在り方を歌っている点がまさしく近代の歌として面白い。
ちなみに作者が実際に結婚したのは明治四十三年の五月一日であり、四月を越えていたし、この歌が詠まれたのも前年の十二月であるのだが、四月の春の到来を待ち望む思いとして三月号に掲げることにした。

【補 説】

馬場あき子は 『短歌その形と心』 の中で、
「妻を娶るという生涯のことを決する日を待つ気持ちに、地に根を下ろして立つ木の花であることが有効に作用していますし、婚儀を (・・・) <晴れ> のものとして待つ、男の愛の深さのようなものが下句にやわらかににじんでいます。(・・・) 眼前にはまだ木の花は咲いていないのに、作者の愛と、待つ心のふくらみが読者をすでに祝婚の花咲く日へと連れ出しているといえましょう。」
と、評している。

【作者略歴】

本名洋造。神奈川県大住郡 (現在秦野市) 大根村に生まれた。
明治三十七年上京し、翌年尾上柴舟を中心とする車前草杜に加わった。
四十年 「向日葵」 を創刊したが二号で廃刊。四十三年歌集 『収穫』 を出し、自然主義的な作風を打ち立て、翌年、雑誌 「詩歌」 を創刊したが、まもなく印象派の影響を受けた感覚的な作風に転じ、 『陰影』 (大元) を経て 『生くる日に』 (大3) で独自の近代的作風を樹立した。
昭和三年、大正中期以来絶えていた 「詩歌」 を復刊、自由律口語短歌に転向したが、十八年には、再び定型文語歌に帰った。
『深林』 (大5) 、『虹』 (昭3) 、『水源地帯』 (昭7) 、『青樫は歌ふ』 (昭15) 、『烈風』 (昭18) 等の歌集がある。

(近代文学研究者 波瀬 蘭)