鑑賞 近代秀歌
社団法人日本詩吟学院岳風会発行 「吟 道」 ヨ リ

 
「寒いね」 と 話し掛ければ 「寒いね」 と 答える人の いるあたたかさ (俵 万智)
りんてん機 今こそ響け うれしくも 東京版に 雪の降りつつ (土岐 善麿)
――― 平成21年1月号 ――
ゆふされば 大根の葉に ふる時雨 いたく寂しく 降りにけるかも (齋藤 茂吉)
薄命の わが意識にて きこえくる 青杉焚く 音とおもひき (佐藤 佐太郎)
――― 平成20年12月号 ――
おりたちて 今朝の寒さを 驚きぬ 露しとしとと 柿の落葉深く (伊藤 左千夫)
ほほゑみに 肖てはるかなれ 霜月の 家事の中なる ピアノ一台 (塚本 邦雄)
――― 平成20年11月号 ――
掻きあげて 櫛としばしば あそぶなり 額の冷たき この秋の夜半 (河野 愛子)
白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり (若山 牧水)
――― 平成20年10月号 ――
黒く立つ 孤つとなりて 向日葵の 衰亡の姿 かがやけるかな (坪野 哲久)
うまおひの 髭のそよろに 来る秋は まなこを閉じて 想ひ見るべし (長塚 節)
――― 平成20年9月号 ――
しら雲は 空にうかべり 谷川の 石みな石の おのづからなる (佐々木 信綱)
立山が 後立山に 影うつす 夕日の時の 大きしづかさ (川田 順)
――― 平成20年8月号 ――
なつの風 山よりきたり 三百の 牧の若馬 耳ふかれけり (与謝野 晶子)
「この味が いいね」 と君が 言ったから 七月六日は サラダ記念日 (俵 万智)
――― 平成20年7月号 ――
牡丹花 咲き定まりて 静かなり 花の占めたる 位置のたしかさ (木下 利玄)
いちはつの 花咲きいでて 我目には 今年ばかりの 春行かんとす (正岡 子規)
――― 平成20年6月号 ――
ヒヤシンス 薄紫に 咲きにけり はじめて心 顫ひしめし日 (北原 白秋)
春服を 着てもひもじき 空の下 まず燕 来よ つばくらめ来よ (三枝 昴之)
――― 平成20年5月号 ――
うらうらと 照れる光に けぶりあひて 咲きしづもれる 山ざくら花 (若山 牧水)
木の間なる 染井吉野の 白ほどの はかなき命 抱く春かな (与謝野 晶子)
――― 平成20年4月号 ――
春雪の ほどろに凍る 道の朝 流離のうれひ しづかにぞ 湧く (木俣 修)
木に花咲き 君わが妻と ならむ日の 四月なかなか 遠くもあるかな (前田 夕暮)
――― 平成20年3月号 ――
憂なく わが日々はあれ 紅梅の 花すぎてより ふたたび冬木 (佐藤 佐太郎)
立春の 水仙の花 たましひに 及べる水と ひとに告げむか (山中 智恵子)
――― 平成20年2月号 ――
ジャージーの 汗滲むボール 横抱きに 吾駆けぬけよ 吾の男よ (佐佐木 幸綱)
やはらかき 躯幹をせむる いくすぢの 紐ありてこの 晴着のをとめ (上田 三四二)
――― 平成20年1月号 ――
雪が泌む かぎりなく泌む みづうみの その内奥の 暗緑世界 (斎藤 史)
耶蘇誕生会の 宵にこぞり来る 魔の声 少くも猫は わが腓吸ふ (釈 迢空)
――― 平成19年12月号 ――
あたらしく 冬きたりけり 鞭のごと 幹ひびき合ひ 竹群はあり (宮 柊二)
かすかなる 心の翳も 読み合いて 過ぎ行く一日 一日の落葉 (高安 国世)
――― 平成19年11月号 ――
甲州の 柿はなさけが 深くして 女のように あかくて渋い (山崎 方代)
うすらなる 空気の中に 実りゐる 葡萄の重さ はかりがたしも (葛原 妙子)

――― 平成19年10月号 ――

秋分の 日の電車にて 床にさす 光とともに 運ばれて行く (紫安 晶)
海中に 入りゆく石の 階ありて 夏の旅つひの 行方しらずも (安永 蕗子)
――― 平成19年9月号 ――
花もてる 夏樹の上を ああ 「時」 が じいんじいんと 過ぎてゆくなり (香川 進)
この三朝 あさなあさなを よそほいし 睡蓮の花 今朝はひらかず (土屋 文明)
――― 平成19年8月号 ――
透明の 伽藍のごとく 楽章が その目に見ゆる 青年を恋ふ (水原 紫苑)
杉山に 朝日差しそめ 蝉の声 かなしみの量を 湧き出づるなり (前 登志夫)
――― 平成19年7月号 ――
想い出の 一つのようで そのままにしておく 麦わら帽子のへこみ (俵 万智)
仮説をたて 仮説をたてて 追いゆくに くしけずらざる 髪も炎え立つ (岡井 隆)
――― 平成19年6月号 ――
たとへば君 ガサッと落葉 すくふやうに 私をさらって 行つてはくれぬか (河野 裕子)
馬を洗はば 馬のたましひ 冱ゆるまで 人恋はば人 あやむるこころ (塚本 邦雄)
――― 平成19年5月号 ――
真命の 極みに堪へて ししむらを 敢てゆだねし わぎも子あはれ (吉野 秀雄)
ゆく秋の 川びんびんと 冷え緊まる 夕岸を行き 鎮ねがたきぞ (佐佐木 幸綱)
――― 平成19年4月号 ――
日本脱出したし 皇帝ペンギンも 皇帝ペンギン飼育係も (塚本 邦雄)
白い手紙が届いて 明日は春となる うすいがらすも 磨いて待たう (斎藤 史)
――― 平成19年3月号 ――
マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほど 祖国はありや (寺山 修司)
往き暮れし ろまんちくの わかうどは 永代橋の 欄干に凭る (吉井 勇)
――― 平成19年2月号 ――
一度だけ 本当の恋が ありまして 南天の実が 知っております (山崎 方代)
牛飼が 歌よむ時に 世の中の 新しき歌 大いにおこる (伊藤 左千夫)
――― 平成19年1月号 ――
明治屋の クリスマス飾り 灯ともりて きらびやかなり 粉雪出づ (木下 利玄)
あかあかと 一本の道 とほりたり たまきはる 我が命なりけり (斉藤 茂吉)
――― 平成18年12月号 ――
幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく (若山 牧水)
行く秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる 一ひらの雲 (佐々木 信綱)
――― 平成18年11月号 ――
東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる (石川 啄木)
劫初より つくりいとなむ 殿堂に われも黄金の 釘一つ打つ (与謝野 晶子)
――― 平成18年10月号 ――
早春の レモンに深く ナイフ立つる をとめよ素晴らしき 人生を得よ (葛原 妙子)
白銀の 鍼打つごとき きりぎりす 幾夜はへなば 涼しかるらむ (長塚 節)
――― 平成18年9月号 ――
三輪山の 背後より不可思議の 月立てり はじめに月と 呼びしひとはや (山中 智恵子)
ちる花は かずかぎりなし ことごこく 光をひきて 谷にゆくかも (上田 三四二)
――― 平成18年8月号 ――
君の生 わが生つくづくいとしけれ ちりちり盡きて ゆく手花火よ (稲葉 京子)
生き残る 必死と死にて ゆく必死 そのはざまにも 米を磨ぎゐつ (雨宮 雅子)
――― 平成18年7月号 ――
かすが野に 押してるつきの ほがらかに あきのゆふべと なりにけるかも (会津八一)
美しき 誤算のひとつ われのみが 昂ぶりて逢い 重ねしことも (岸上 大作)
――― 平成18年6月号 ――
瓶にさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり (正岡 子規)
かの時に言ひそびれたる 大切の言葉は今も 胸にのこれど (石河 啄木)
――― 平成18年5月号 ――
紅燈の ちまたにゆきて かへらざる 人をまことの われと思ふや (吉井 勇)
やは肌の あつき血潮に ふれも見で さびしからずや 道を説く君 (与謝野 晶子)
――― 平成18年4月号 ――
白鳥は かなしからずや 海の青  空の青にも 染まずただよふ (若山 牧水)
春の鳥 な鳴きそ鳴こそ あかあかと  外の面の草に 日の入る夕 (北原 白秋)
――― 平成18年3月号 ―――
あけがたの そぞろありきに うぐひすの  はつ音ききたり 藪かげの道 (金子 薫園)
夕焼空 焦げきはまれる 下にして  氷らんとする 湖の静けさ (島木 赤彦)
――― 平成18年2月号 ―――
最上川 逆白波の たつまでに  ふぶく夕と なりにけるかも (斎藤 茂吉)
何となく 今年はよい 事あるごとし 元日の朝 晴れて風なし (石川 啄木)
――― 平成18年1月号 ―――
はらはらと 黄の冬ばらの 崩れ去る  かりそめならぬ ことの如くに (窪田 空穂)
君かへす 朝の鋪石 さくさくと  雪よ林檎の 香のごとく降れ (北原 白秋)
――― 平成17年12月号 ―――
街をゆき 子供の傍を 通る時  蜜柑の香せる 冬がまた来る (木下 利玄)
金色の ちひさき鳥の かたちして  銀杏ちるなり 夕日の岡に (与謝野 晶子)
――― 平成17年11月号 ―――
大門の いしずえ苔に 埋もれて  七堂伽藍 ただ秋の風 (佐々木 信綱)
秋晴れの 光となりて 楽しくも  実り入らむ 栗も胡桃も (斎藤 茂吉)
――― 平成17年10月号 ―――
をみなにて 又も来む世ぞ 生まれまし 花もなつかし 月もなつかし (山川 登美子)
君なきか 若狭の登美子 しら玉の  あたら君さへ 砕けはつるか (与謝野 鉄幹)
――― 平成17年9月号 ―――
雨 しげく ふり来るものか 北の果て  なほ北せんと 船まつ夜を (九条 武子)
年々に わが悲しみは 深くして  いよよ華やぐ 命なるけり (岡本 かの子)
――― 平成17年8月号 ―――
いのちなき 砂のかなしさよ さらさらと  握れば指の あひだより落つ (石川 啄木)
向日葵は 金の油を 身に浴びて  ゆらりと高し 日のちひささよ (前田 夕暮)
――― 平成17年7月号 ―――
葛の花 踏みしだかれて 色あたらし  この山道を 行きし人あり (釈 迢空)
君にちかふ 阿蘇のけむりの 絶ゆるとも  万葉集の 歌ほろぶとも (吉井 勇)
――― 平成17年6月号 ―――
鬼灯を 口にふくみて 鳴らすごと  蛙は鳴くも 夏の浅夜を (長塚 節)
篠懸樹 かげを行く女が 目蓋に  血しほいろさし 夏さりにけり (中村 憲吉)
――― 平成17年5月号 ―――
清水へ 祗園をよぎる 桜月夜  こよひ 逢ふ人 みなうつくしき  (与謝野 晶子)
くれなゐの 二尺のびたる 薔薇の芽の 針やはらかに 春雨の降る  (正岡 子規)
――― 平成17年4月号 ―――